はじまりの物語はパンジーとビオラ
花に興味はなかった。けれどある日、語りかける花に気づいたの。
心のどこかがこわれていた。毎地に悲しくて目が覚めた。その朝もそうだった。
胸の奥で悲しい気持ちがちりりと鳴った。
「何か思い出したいのに、それが何か思い出せないわ。」
そう思いながらナナは歩いている。
「曲がり角はどこも同じだニャ。」
元気のないナナを気にしながらミントは歩いている。
「でも今日はちょっと違う、なんでかっていうと昨日よりウキウキしているから。」
角を曲がると花屋があった。
「花の仕事しませんか パートさん募集中 cat's garden 」
春のような日ざしの中で、色とりどりのパンジーが風にぷるぷるとふるえていた。
「なんて透き通るような青い青なのかしら。」
胸の奥にある泣きたい気持ちにそっと触れてくるような青だった。
いつも見ていた花がなんでこんなに懐かしいのだろう。
胸の奥であの泣きたい気持ちがちりりとなった。
何度も何度も撫でられる手の感じ、
その顔がぼんやりと思い出せそうになってまた消えた。
誰かを捜して、いつもいつも泣いていた。
何度も撫でてくれた手の持ち主がどこを探してもいないのだ。
きっともうきっと、あえないのだと
なんとなくわかってきた。
昨日と今日は少し違ってつながっている・・・とミントは思った。
「なんでかっていうと、昨日は咲いてなかった花が今日は咲いていて、
明日は別の花が咲いているから。」
ミントは唄うように昨日とちょっと違う街角を歩いていた。
「忘れ物をしてきたみたい。」
「・・・忘れてていいのかも。」
「何かがこわれたあとみたい。」
「・・・あたらしいのがみつかるよ。」
「ナナちゃんは、忘れたいことと、忘れたくないこと、どっちをよく思い出すの?」
寄せ植えのパンジーがこっちを見ている。
「私を想ってください。」泣きそうなくらい青い花が少しうつむいて
「私を想ってください。」・・・いつかどこかで聞いたことのある言葉
花はいつもそこにいた。あったけれど見たことはなかった。
語りかける花の向こうから、ふるえるような風を連れて、
ゆるやかな日ざしの中でやさしく、懐かしく、愛しく、
ほほえむように触れてくるもの。ナナは目をほそめて、すう、と深い息をした。
「もしかしたら、ここにいるの?」
あのやさしく撫でるようなあたたかさをナナは感じていた。
「面接、受けてみようかしら。花のこともっと知りたくなったの。」
ナナとミントは昨日とちょっとちがう道を歩いている。